2011年01月16日

チュニジアで独裁政権が崩壊した 1


この国は世界ヒッチハイカー藤田健君が強制送還された国

 17年間この国は独裁が続いていたということだ。私は知らなかった。ヒッチハイカーの藤田君がこの国を訪ねたときには、とても藤田君を一般民衆は歓迎し、泊めてくれたり飲食の世話など大変いい感じでいた。しかしこの国もイスラムテロとの戦いにアメリカとの関係からテロ勢力に監視が厳しかった。

  藤田君はまったく政治には無関心な青年だが、外国から来る人間は民間人と交流したり、泊らしてはいけないということだった。それで藤田君は警察に何度か検問を受け、ついに拘束され刑務所暮らしをすることになっている。そこでいい加減な容疑で国外追放された。

  このとき100ユーロの賄賂を払えば見逃してやるという話だったが、藤田君は断固こんな筋の通らない話は拒否し、結局この国から去った。同じ頃自転車でこの国に入ろうとした青年も100ユーロ払わなくては入国させないという話が起きた。この青年も拒否して入国しなかったという話が藤田君の旅日記で分かっている。

  この独裁政権の成り立ちは軍事クーデターが始まりという。これに反対するものを徹底して弾圧して17年間も政権にあった。欧米はテロとの戦いに協力しているという点で余りこの国のことがおかしいという騒ぎだてはしなかったようだ。そのためこの国が独裁国家で変な国であるということを今回はじめて知った。

  刑務所に閉じ込められた藤田君は、収容された現地人からいい加減なものでも捕まえたら、アメリカからそれなりの手当が支給されるという噂話を聞いている。それだからこんな無関係なものが酷い目に合うという皮肉な現象が起きているということだ。藤田君の旅日記にはこんな話が断片的に伝わる。

 2007年09月05日
藤田健君の世界ヒッチハイク74・チュニジア1
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posted by 想念の人 at 18:28| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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